こんにちは、中村です。かつてこのホームページで、私がすすきので店を持つまでの紆余曲折を連載しておりました。タイトルは「春道堂への道」。
思うところあり完結後しばらくしてから削除したのですが、来年一月末の閉店が近づき、皆様に店主としてお話しできる期間も残り少なくなって来ました。
今こそ開店前の気持ちをもう一度振り返りたいとの思いもあり、加筆修正しつつ復活させることにしました。
ご予約情報の更新やお知らせの合間を縫って、不定期連載いたします。よろしければお付き合いを。
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春道堂を開店したのは2014年5月のことでした。私を知る人のほとんどは、すすきので夜営業の店を始めることに驚いたと思います。
以前は2004年から2010年にかけて、地下鉄南北線北18条駅のそばでごはん屋のような喫茶店のような店をやっていたので、また飲食店をやるならごはん屋系統のお店だと思われていたことでしょう。
グリーンビルの本社で賃貸契約を交わした時、ビルの偉い人に「中村さんはすすきので水商売をやる感じじゃないねぇ」と言われたくらい、私はすすきのの店主には珍しいタイプの人間なのだと思います。
(ちなみにその偉い人には『まじめな人は好きだからがんばって』とも言っていただきました。私はたぶん眼鏡のせいで、まじめそうに見られがちなのです)
しかし、二回目の開業の場所にすすきのを選んだのは私にとって必然のことで、すすきの以外は考えられませんでした。
話は28年前の秋にさかのぼります。
……
当時高校一年生だった私は、翌日のいとこの結婚式に備えて札幌の伯母の家に泊まっていました。
伯母宅には私の父母はもちろん、たくさんの親戚が集まり、大人は酒を酌み交わし、私もいとこ達とおしゃべりを楽しんでいました。日付が変わったころ、その家の伯母が急に出かける準備を始めました。
伯母はすすきののビル掃除のアルバイトをしており、本来ならば朝からの仕事なのですが、翌日は自分の息子の結婚式なので、深夜、すべての店の営業が終わったころにすすきのに向かって掃除をするとのことでした。
夜のすすきのに興味があった私は掃除の手伝いを買って出て、伯母ともう一人のいとこと共にタクシーに乗り込みました。
伯母の家は南区の奥の住宅地にあり、時間も時間なので街灯以外の明りは少なく(当時は郊外型の深夜営業の店はそんなになかったのです)、薄暗い中をタクシーは進みました。
しかし、豊平川にさしかかるあたりから、徐々に雰囲気が変わり始めました。タクシーの向かう先の空が不自然なほど明るいのです。得体のしれない興奮で胸が高鳴ってきました。
そしてすすきの交番付近でタクシーから降りた時の衝撃たるや!
1時を過ぎた深夜、私の地元の赤平市なら肉眼で流れ星がいくつも見えるくらい真っ暗な時間なのに、すすきのはネオンが瞬き、数多くの老若男女が楽しげに闊歩し、酔客の笑い声や客引きの大声が響き、さながら昼のようでした。
不夜城。と言う言葉が頭をよぎりました。
その後、すすきののど真ん中のビルで清掃を手伝ったのですが、作業自体はほとんど覚えていません。おばさんは毎日大変だなぁと感じたくらいです。
しかし、その時見聞きしたバーのママさんと伯母の会話、まだ帰らない酔客がママさんにくだを巻く姿、暗い店内と赤いスツール……
ビルに充満する濃厚な夜の気配は強烈に刺激的で、田舎育ちの16歳は心を奪われました。
あまりの衝撃に、翌日の帰宅後、夜遅くまですすきのを賛美するポエムをしたためたほどでした。
あの日からすすきのは私にとって最大のあこがれの地になりました。いつか、何らかの形で、この街に関わるようになりたいものだと強く思いました。
その気持ちは大学進学で京都に行っても、就職で室蘭に住んでも、心の奥底で常にうごめいていました。
あのビル掃除の夜から28年後に、まさかこの私が本当にすすきのに店を持つことになろうとは! 正直、そこまではまったく考えていませんでした。28年前の私にそっと耳打ちしてあげたらどれほど喜び、自らの運命に感謝することでしょうか。
もちろん、すすきのに店を構えた理由は単純なあこがれだけではありません。私なりに考え抜いてのことです。
一回目の店は周囲の意見と世の風潮に流されてしまったので、今回は「自分が行きたい店、自分の友達がやっていたらうれしい店」を絶対的なコンセプトに決めていました。物件を探すに当たっても、このことを第一に考えました。
もしも私の親しい友達が飲食店を始めるとして、どこでやってくれたら一番行きやすくうれしいだろうかと考えたら、一瞬の迷いもなく「地下鉄南北線札幌駅からすすきの駅の間」と思いました。
札幌市民が買い物やお出かけで行く場所といえば、札幌駅~すすきの駅の間が多いですよね? そして飲みに行くのって、買い物やお出かけの後が一番楽しいですよね?
そしてなにより公共交通機関からのアクセスがいい! 南北線の住民はもちろん、東西線でも東豊線でもJRでも電車でも、地下通路を通れば雨の日も雪の日も濡れずに、寒い思いをせずにたどり着けます。冬場、できるだけ外を歩きたくない北海道人にとって、これはとても嬉しいことです。
また、今回の最初から大人の女性のためのお店にするつもりでしたので、禁煙やお子様の入店制限は開店前から決めていました。(ちなみに男性客の制限はトラブルが頻発して以降のことで、最初は明確に拒絶していませんでした)
住宅街で近隣住民を相手に飲食店を経営するなら、老若男女さまざまなご要望に対応せざるを得ず、女性向け、完全禁煙、子連れの制限などのとがった営業はやりにくいと思いました。
しかし、たくさんの人が入れ替わり立ち替わり訪れるすすきのでなら、私の理想とこだわりを貫き通すことが出来ると思いました。
そんなわけで、札幌駅からすすきの駅の間に絞って物件を探し始めてすぐに、札幌駅と大通り駅は候補から脱落しました。私が一人で運営できる小さくて家賃が手ごろな店舗物件があるのは、すすきの近辺だけだったのです。
そこからは仕事の後に毎日のようにすすきのに通い、全力全開で立地調査を開始しました。
季節は晩秋から厳冬にかけて、外を歩くには一番辛い季節でしたが、尋常ならざるすすきのフェチの私ですから何の苦もなく、一日ごとにすすきのに詳しくなっていく自分が誇らしくもありました。
つづく……