その3 ~物件探しの日々~

開店に至るまでの日々を語る「春道堂への道」のコーナー。長文ですがしばしお付き合いを。

 

【前回からの続き】

 

良い物件が紹介されるのをじっと待っているだけではなく、自分で出来ることはなんでもしてみようと思った私は、すすきののビルを一つずつ見て回って、自分が入りたいと思えるところと入りたくないところとを徹底的にふるいにかけることにしました。


ビルのチェック項目は以下のとおりです。

 

・小さな店が入っている(広い間取りの店舗しかないところは無理なので)


・トイレは男女別&清潔


・すすきの駅の北側。南側なら一丁まで


・ビルと周辺の雰囲気が明るい


・空きテナントが少ない


・近隣やビル内に露骨な風俗店がない


・人気店、有名店がテナントに入っている


この中で最も重視したのはトイレでした。驚くことにすすきのの古いビルには男女共用のトイレがいまだに多く存在します。男女別でも薄暗かったり、汚かったり、和式しかないところも多いです。


お酒を飲めば当然トイレも近くなります。私ならトイレが汚い飲み屋には行きたくないし、やむを得ず店に入ったとしても尿意を催した途端に店を出ます。

 

なによりビルのトイレは私も毎日利用するのですから、不快を感じるようなところは絶対に嫌です。トイレだけは絶対に妥協しないと心に決めました。



今回のビルチェックから外れた物件は今後紹介があったとしてもスルーするつもりですから、後悔することがないよう、北は南2条から南は南7条まで、西は1丁目から7丁目までと広め範囲に設定し、その内にあるビルを一つ一つチェックしようと思いました。


仕事が終わると地図と二色の蛍光マーカーを持って夜のすすきのに繰り出しました。季節はちょうど雪まつりのころ、夜にはマイナス10度を下回る日も多く、一年で一番寒い時期でした。

 

分厚い上着を着こんで、マフラーをきっちり巻いて、雪よけの黒い中折れ帽を被って、地図を手にビルからビルへと渡り歩いては女子トイレを覗き込みました。


シャツにエプロンの姿ですら時々マスターと呼ばれる私ですから、着膨れた姿で女子トイレのドアを片っ端から開けて回るのは、なんとなく後ろめたく不安を覚える作業で、女子トイレ覗き魔連続出没と噂になり、通報されるのではないかとひやひやしましたが、強い使命感の元、チェックを続けました。(おかげですすきのビルのトイレに異様に詳しくなりました)


一つのビルを見るごとに地図を開き、かじかむ手でマーカーのキャップをはずし、条件に合うビルはオレンジで、却下のビルは青で塗り、数日かけて調査を終了しました。

 

結果、地図のほとんどが青く染まり、オレンジはところどころに点在する程度でした。条件は合っていても感覚的にしっくりこないところを却下すると、残ったのはすすきのに何百とビルがある中でほんの10前後でした。正直、ここまで条件に合致する物件が少ないとは思っていなかったので、さすがに気が滅入りました。


そのリストを仲介業者さんに渡して、このビル内に空き物件があれば見たいとお願いしたところ、すすきのの一等地中の一等地の第2グリーンビルに空きがありとのことで、早速、期待に胸を高鳴らせながら内覧に向かいました。


実はビルの調査を進めていた中で断トツに印象が良かったのはグリーンビルの系列でした。グリーンビルはどこもトイレがきれいで、ビル全体の雰囲気が明るく、入っているお店にもにぎわい感がありました。


内覧の日、仲介業者さんとグリーンビルの社員さんと待ち合わせ、エレベーターで上階に上がり、物件のドアを開けてもらった瞬間、息を呑みました。今まで見てきた物件とは明らかに毛色が違うのです。

 

内装はきれいなので改装費をかけずにすぐに開店できそうですし、間取りも私のイメージにかなり近かったのです。

 

ビルの担当の方が丁寧に説明してくれたのも好印象でした。それまでたくさんのビルを見てきましたが、管理の方が仲介業者さんに鍵を渡してくれるだけのところがほとんどでしたから、こういうちゃんとしている会社なら入店してからも安心だろうと感じました。

 

物件探しを続けて来て初めて、ここなら入ってもいいかもと思える物件に出会えました。

 

ただ、場所も内装もいいので仕方がないことなのですが、家賃が予算を大幅に超えていました。食べ物や酒の値段、一人で対応できるお客さんの数から家賃の上限を決めていたので、あっさりと家賃条件を上方修正しまっては開店後にしわ寄せが来ることが目に見えています。

 

その後しばらく悩んだ末、涙を飲んで一旦あきらめることにしました。完全に候補から外したわけではなく、他の物件も探し続けながら、じっくりと考えようと思ったのです。


本当によい物件だから、もたもたしていたら他の人に取られてしまうかもしれないと思いましたが、そうなったらそうなったで縁がなかったとあきらめるしかないと覚悟を決めました。

 


その後も仲介業者さんが紹介してくれる物件をいくつも見に行きましたが、立地、内装、トイレ、雰囲気、どれもが第2グリーンビルと比べると明らかに見劣りしました。

 

もちろん他の物件の方がずっと家賃は安いのですが、物件の魅力の差が大きすぎて、多少余分に払っても第2グリーンビルにした方が良いような気がしました。

 

他の物件を見れば見るほど、私の心は徐々に第2グリーンビルに傾いて行きました。

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