春道堂への道 ~その2 まつと利家~

開店に至るまでの日々を語る「春道堂への道」久々の更新です。5月12日の開店一周年までに最終回にたどり着きたいと思っております。


 

【前回からの続き】


2013年秋、出店場所をすすきのに定めた私は立地調査と周囲へのリサーチを始めました。その結果、すすきの駅の南側の深いところには風俗店や男性向けの店が多く、その界隈の店には女性客は一人では行きにくいことがわかりました。


今回の店舗コンセプトが「自分の友達がやっていたら嬉しい店=友達が来やすい店」ですから、友達が一人で気軽に飲みに来られないような場所じゃ意味がありません。出店場所はすすきの駅の北側か、南側なら一丁までの範囲に絞られました。


場所が決まったら次は物件探しです。まずは前の店探しの時にもお世話になったテナント専門の不動産仲介業者さんに頼むことにしました。


私は日ごろは慎重な方なのですが、いいと思ったら後先考えずにその場の勢いで契約しかねないところもあるので、衝動契約防止と客観的意見の担当として友人にも付いてきてもらいました。友人は整理収納の達人なので、店の備品の収納場所などについての意見も貰えるのでありがたい存在でした。


まずは電話で約束を取りつけ、緊張しながら友人と二人、仲介業者さんの事務所に向かいました。担当の方は温厚そうな男性で、すすきのの物件探しに緊張していたので怯えていたのでほっとしました。


まずは希望の立地条件を伝え、一人で出来るような小さくて家賃の安い店があれば紹介してもらいたいと言うと、すぐにパソコンを開いて物件を検索してくれました。


もしかしてすぐに決まっちゃったりして…… と甘い期待を抱いていましたが、私の希望に合う物件はどこも想定よりもはるかに家賃が高く、いきなりの前途多難ぶりに衝撃を受けました。


でもまぁ、初回だしそんなもんかと思いなおし、すすきの内で家賃が条件に合う物件をピックアップしてもらったところ、立地に目をつぶれば予算内に収まるものもいくつか出てきました。


今すぐに中を見せてもらえるという話なので、家賃の相場を知っておくためにも実際に見ておいた方がいいと思い、早速連れて行ってもらいました。


3軒ほど中を見せてもらいましたが、どこも内装の手直しが必要な状態で、場所も駅から遠すぎて、しっくり来ませんでした。良い物件が出てきたらお知らせくださいと伝えてその日は帰りました。


その後も仲介業者さんは度々物件を紹介してくれ、少しでも気になるものは中を見せてもらいましたが、広ければ家賃が高く、狭いからと言って家賃が安いとも限らず、場所が良くて家賃が安ければ大幅な改装が必要で、安くて内装がきれいなところは駅から遠い上にトイレが男女共同だったりと、どの物件も帯に短したすきに長しでした。



店を開くならすすきのしかないと心に決めての物件探しでしたが、いくつ見ても理想からかけ離れたものばかりで、今の私ではすすきのに店を持つなど不可能なのかもしれないと、心が折れそうになりました。


しかし、私のやりたいことを実現できる場所は北海道内にはすすきのしかないってことは、前の店での失敗を踏まえて、考えに考えた末にたどり着いた結論です。いまさら他の場所で探す気にはなれません。


どんなにやる気があっても、条件に合うものが見つからなければ店を開くことはできず、物件探しは自分の努力ではどうにもできません。開店してしまえばメニュー開発や販促活動など、やれることがたくさんあるけど、店がないことには私も何もできないのです。


やりたいことは決まっているのにまったく先が見えない、歯がゆくて苦しくて、あの頃のことを思い出すと今でもどんよりとした気持ちになります。


仲介業者さんからの電話を待って家でじっとしているのも辛いので、なにかヒントが見つかるのではないかと仕事の後にすすきのに向かって闇雲に歩き回りました。

 

物件探しを始めた頃は秋でしたが、すでに季節は真冬でした。寒さに耐えかねて時々暖を取るためにビルに入り込んでいたのですが、あるビルに一歩入った途端にその暖かな雰囲気に魅了されました。


駅からほど近く、通路もトイレもきれいで、営業中の店はにぎわっていて、物件探しを開始してから初めて、ここで店を開きたいと思える場所に出会えました。


しかもいくつか空き物件があるようなので、相当家賃が高いのだろうなと思いながらも、仲介業者さんに聞くだけでも聞いてみようと翌日メールを送りました。


すぐに仲介業者さんからの返信メールが届いたのですが、添付資料を見て衝撃を受けました。今までの相場からは信じられないほど家賃が安かったのです! 


これは運命かもしれない、もうここで店を開くしかない! と完全に舞い上がり、すぐにいつもの友人に同行を頼んで、中を見せてもらいに行きました。


もしかしたら今日中に契約が決まるかもしれないと期待しながら向かったのですが、ドアを開けた瞬間に落胆しました。


内装があまりに古く、排気設備等もなく、営業できる状態にするにはかなりの改装費が必要と分かりました。家賃があんなにも安かったのはそのせいだったのかと。


物件を見た後、肩を落としてサイゼリアに入り、私は安いワインを飲みながら友と二人、しかめつらですすきのの地図を眺めていました。この日の物件には大いに期待していた分、私の気持ちはひどく沈んでいました。


ただ落ち込んでいてもどうにもならないとの友の提案で、考えを整理することにしました。今の私に与えられた選択肢は二つ。



1、今ある物件の中から妥協して物件を決める


2、納得のゆく物件が出てくるまで待つ



友は地図にそう書き込みました。


「このどっちかしかないよね。どっちにする?」


ペンで文字を指しながらそう問われ、私はしばし腕組みをして考えました。


「まず1はだめだな、開店を焦って、妥協で選んだ物件で店を開いてはいけない気がする」


人生をかけての勝負なのに、自分が納得できない場所でやると絶対に後悔すると思いました。


「じゃあ待つ?」


「う~ん、待つのも嫌だな。条件に合う物件を待っていたら、永久に店なんて持てないかもしれないし」


待てば条件に合致する物件が必ず出てくるとも限らないし、そもそも「待つ」という言葉自体が消極的な感じがして嫌だと思いました。


「でもこのどっちかに決めなきゃ。妥協したくないなら待つしかないよ。どうする? 妥協する? 待つ?」


いつまでも待ち続けるのは嫌だ、でも、妥協した場所で店を開くのは絶対に嫌だ。選択肢はこの二つしかないことも分かっているけど、どっちも嫌ならどうすればいいのか…… 


「いや、利家で」


ワインの酔いも手伝って、口を突いたのはくだらない冗談でした。あまりの馬鹿らしさに二人とも面白くなってしまい、しばし笑い続け、地図に利家と書いてはまた笑いました。


その後、ワインを立て続けに飲み、憂さ晴らしにバーに向かいさらに飲みました。飲んでいるうちにだんだんと吹っ切れた気持ちになってきました。



物件選びを妥協するつもりはない。現段階で条件に合う物件がないのなら待つより他にない。しかし、ただ座して待つだけではなく、今の私にもできることはあるのではないか。


まずはもっと積極的に情報収集をしよう。ネット物件探しを続けることはもちろん、すすきののビルの一つ一つに入ってチェックし、条件に合致しそうな所をすべて洗い出して、仲介業者さんに空き物件を調べてもらおう。


平行して家ではメニューの絞り込みやお酒や料理の研究、経営計画の作成など、開店を見据えた具体的な準備をしよう。


やるべきことが見えて来た途端に、折れかかっていた心がしゃんと直り、俄然気合が入り、仕事の後に毎日のようにすすきののビルチェックに繰り出しました。


時は厳寒の2月、マイナス10度を下回る夜のすすきのを何時間もさまようのは辛いことでしたが、目指すことに向かって行動している実感があり、仲介業者さんからの連絡をただ待っていた時よりもずっと気が楽になりました。



これ以降私は待つと言う言葉を封印し、未来を信じて積極的に行動するこの姿勢を利家と呼ぶことにしました。


窮余の末のしょうもない冗談でしたが、勇猛な戦国武将・前田利家のイメージとも合致するこの言葉を私は非常に気に入り、今でも使っています。


お客さんが来ないさびしい日も「こんな時こそ利家!」と自分に言い聞かせ、携帯をいじったりしながらじっとお客さんを待つのではなく、整理整頓をしたり試作をしたり料理の本を読んだりメニューを研究したり、少しでもよい店にするための行動をしようと心がけています。

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